3ヶ月振りの更新ですかね。生活は相変わらず忙しいですが、バランスを取る事にはだいぶなれてきました。
この三ヶ月はというと、色々とありましたね。
仕事では、新担当の開拓にしっちゃかめっちゃかです。ただ、いつもそうなのですが、ちょっと無理な仕事量になると仕事の本質を考えるので生産性が明らかに向上します。10年間、投資の仕事をしてきましたが、チームのプロセスを考え直す仕事もあり、自分の過去の総括を定量的に定性的に行いました。やはり、日欧米の三極で仕事をしたことはそうとう糧になっています。日本人の特性も生かせるし、本質的に何をすれば良いのかも分かる。チームに優秀な同年代の人も入って来たので、自分なりの哲学を書き出してブツけてと、摩擦を起す事によって自分の立ち位置も確認できます。大学での出会いもそうですが、普段から深く物事を考えていて、後は誰に会うか次第ですね。物事には、集中して短い時間で学べることもあれば、時間をかけてゆっくり消化しないと分からない事もあります。後者が少しずつ固まってきたのかなと思うようになってきました。
学校では、9月末にブラジルに一週間行ってきました。学校のカリキュラムでラテンアメリカの経済を学ぼうというものです。正直、ショックでしたね、ブラジルの現状。スラムだらけで、貧富の差の分布は中国よりも深刻です。釣り鐘型でなくて、フタコブラクダの形なんです。ラテンの経済のボトルネックは、銀行システムが機能していない、組織を作れる国民性がない、教育に対する意識が低い、という三点です。BRICsと言われていますが、アジア地域に比べると色々とハンディキャップがある気がします。経済発展における重要な概念は、Social infrastructureというものです。
経済学の授業を受けていますが、学問の構成自体が本当にサプライズです。日本のカリキュラムとはまるで違って、長期の成長と一人当たり豊かさの向上が主眼です。日本人が経済学を学ぶ時に最も集中する、短期の財政政策や金融政策の理論はまったくの無効であると最初に教えられます。また、ISバランスの議論を長期の均衡に広げる講義は目から鱗でした。扱う事例が常に国際的に比較されたものなので、視野もとても広がります。残念ですが、日本の公務員試験や会計士試験で学ぶような経済学の体系は、間違った経済学感覚が養われてしまう害悪のようにさえ思います。一点の気付きは、外国人は日本の成長が戦後に起こったものだと勘違いしている点です。もちろん、二次大戦で負けて資本蓄積の全てを失った日本のキャッチアップスピードは凄かった訳ですが、二次大戦時点で米国の半分近くの一人当たりGDPを獲得していた戦前の経済発展が全く知られていません。現在の中国は日本の一人当たりGDPの1/10ですが、これは日米比較で言えば一次大戦前の水準です。今の中国を日本の1970年代と比べることは、ある意味で正しいのですが、そのステージは日本の1910年代だと考えた方が正しいように思えてきました。特に国民の精神的なステージはそういうレベルだと考えた方が正しいかと思います。為替が360円から4倍強くなってもそこそこの経済を維持している日本の真似は、今のアジア諸国の体力では到底不可能です。元やウオンが4倍に切り上がったら国の産業が壊滅してしまいます。
また更新します。
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