2011年5月14日土曜日

ナポレオングランスのサマリー

春学期が終わりましたが、名物クラスの感想を書いておきます。いや、本当に為になった。日本語の本も出ているので是非。


Napoleon's glance

コロンビアMBAの名物である思考法のクラス。「7つの習慣」のように人生への心構えを教えるクラスでもある。主題は、付加価値を創出する「直感」がどのように産み出されるのか。その科学的解明を、心理学、哲学、脳科学、歴史、戦争論等のアプローチで行う。カリキュラムを修了すれば「戦略的直観(付加価値を創出するヒラメキ)」を生み出す地力が身に付くというものだ。最も有意義だったのは、このような正解のないテーマについて、計100時間程、真剣に向き合ったことである。まず、授業の始めに下のようなA,Bどちらが好みか選択せよ、というクイズを受ける。

A.      己を信じ、明確なビジョンを持ち、懸命に努力する。
B.      機会に備え、現状を観察し、勝てる勝負に挑戦する。

A.      ゴールに届かなければ、計画を変えるべきだ。
B.      ゴールに届かなければ、ゴールを変えるべきだ。

A.      自分の経験はアイデアの宝庫だ。
B.      他人の経験はアイデアの宝庫だ。

A.      明確なゴールを決め、一歩一歩進め。
B.      ゴールが見えるまで、歩き出すな。

A.      意思のあるところに道がある。
B.      道があるところに意思がある。

付加価値を産む行動・思考法はBとなる(私は始めのクイズで20問中6Bを選んだ)。ナポレオン等の著名な軍人、経営者、発明家、芸術家などの伝記を読んで講義を受けるのだが、彼らは極めてBに近い思考法で行動をしていることが観察される。機会に備え勝てる勝負に挑戦する、道半ばで計画を変える、過去の先例を学び組み合わせる、ヒラメキを得てから走り出す、という行動を取っている。
ナポレオンを研究し、著書「戦争論」で戦略という言葉を世に送り出したクラウセビッツによれば、ヨーロッパ皇帝となるナポレオンの軍事的「戦略的直感」は、「平常心」、「先人の知恵の蓄積」、「融合」という3つの土台に基づいているとされる。Aの思考法は、ジェミニという軍事研究家の考えであり、成熟した官僚組織、ゲームのルールが変化しない環境で一時的に機能するが、付加価値の創造や変化への対応とはまったく相反するものとなる。ナポレオンが唯一Aの思考法で行動したのが、失脚の原因となったロシア遠征と説明される。ところで、エジソンの名言である「天才とは99%の努力と1%のヒラメキ」は日本人の誤訳であり、米国では「1%のヒラメキのない99%の努力は無駄である」が本来のメッセージとして伝えられえいる。誤訳がAの発想、本来はBの発想である。

戦略的直感を産む3つの土台からイノベーション創出している例として、「日本人は世界一クリエイティブである」という講義が3時間なされた。国民全員が「平常心」を東洋武術的な教育で体得している上に、世界中の文化や発明を相対的に偏見なく取り入れ、それらを融合する土壌がある。それが「戦略的直感」に繋がり、継続的なイノベーションを起こし続けている、という解説である。他の地域なら対立し棄却する概念を、吸収し融合する素地が日本には存在する(仏教と神道。刀と火縄銃。和魂洋才など)。教授が強調したのは、日本人はマネが上手いのではなく、真のイノベーターであるという点だ。外部の知恵と内部の知恵を融合することこそがイノベーションであり、ゼロからの発明は皆無である、ことがクラス全体を通じて繰り返えされた。現在の日本は、世界中の知恵を結びつけ付加価値を創出できる土台や心構えがあるのだろうか?必ずしも充分とは言えまい。言語や物質的な問題ではなく、精神的鎖国が問題といえる。


2011年5月9日月曜日

日本への処方箋


 今日は日本経済の処方箋について書きたい。これがソフトランディングをする唯一の道であると思う。これができなければ国家破綻、円暴落シナリオが現実味をおびてくる(ただし、今の状態がずっと続くよりは、国家破綻シナリオが早く起きた方が中長期的な日本にはよっぽど良い。これは次回に)。
 まず、現在の日本への世界からのコンセンサス。悪い部分を列挙してみる。日本経済全体は高齢期化が進み、社会保障負担は増し、財政は火の車、賃金の下方硬直性により未来を背負う若者は雇用を失い、生産年齢人口の低下で内需は落ち込み、日本企業もアジア企業のキャッチアップで競争優位を失っていく、というものだ。その原因は、日本人自体の元気の無さや、政治のリーダシップの無さとされている。首相が悪い、左寄りのポピュリズムだ、日本企業の経営方針が良くない、若者が草食系で元気がない、等である。さて、本当に問題はそこにあるのだろうか?首相を変えて、例えば米国型の経営を取り入れ、若者を訓練しなおせば、問題は解決するのだろうか?
 実はまったく違うところに問題が眠っている。それは、日本のマネー経済の運営に問題があることだ。本来は日本経済や日本人に100の力があるに、マネー経済の不適切な運用で、実際には50の力しか出せていないのである。そんな馬鹿な、と思われるかもしれないが、本当なのである。例えば、SONYTOYOTAは、今の倍の商品を国際市場で売ることができ、倍の日本人を雇用できるのだが、これは日銀の日本経済への敵対的とも言える政策によってそれが阻害されている。そう、すべては日銀の政策、運営の問題なのである。アジア諸国への間接的な補助金を出し続けているとも言える。高齢化、財政赤字、若者の雇用、日本企業の国際競争力、内需産業、全ての問題は、たった一点、日銀の金融政策ですべて解決する。日銀がその適切な方針を分かっていながら、1989年のバブルの舵取りへの非難が尾を引っ張って弱腰で変えることができない、不作為の罪、に全てが集約される。
 日本人やマスコミのおかしな経済感も、この問題の所在をあいまいにしている気がする。それは、マネー経済と実態経済は別物であり、実態経済が悪いのは実態経済に問題点があるという思想である。実際はまったく違う。貨幣経済や資本主義の仕組みである以上、マネーが実体経済に円滑に流れてこそ経済は正常に動くのは、教科書の一ページ目に書いてある。二つの経済は動学的に動いており、世界中の政府と中央銀行は、この動きに整合性があるように、高い経済成長を実現できるように必死に良い手を考えている。学問的に言えば、マネタリストや新古典派総合という1970年代以降の経済運営の枠組みが日本にまったくなく、1920年のケインズで経済政策の考え方が止まってしまっているのだ。(実際に日本の経済学の体系は、世界的に見て化石のような姿になってしまっている。世界が30年ぐらい前にやった議論にまだ決着をつけれていない。それどころかまだマルクス派が大学には沢山いるという始末である。)。
 日本の日銀職員は終身雇用であるため、ことなかれ主義で新しいことに舵を切れる人がいないのだろう。世界中の多くの中央銀行が進化をしているのに、日本は化石のような運営どころか、ただのサラリーマン化してしまっているのだろう。
 求められる日銀の政策とは、デフレの安定化政策から、インフレ政策への転換である。上限を決めて国債を日銀が直接引き受ければよい。法律改正で時間がかかるというなら、市場からどんどん買い上げればおい。大切なことはインフレ期待を作ること、その期待のコントロールが中央銀行の仕事という認識だ。そうすれば日本は全てよい方向に回転しはじめる。もう一度書くが、マネー経済をコントロールするだけで実態経済が良くなる訳がない、と直感的に思ってしまうのが、日本人のおかしな経済感である。金融政策により、実力以上にも実力以下にも経済は変わるのであるが、適切な金融運営とは実力通りの経済力を発揮させることである。実力以上の経済がいわゆるバブル経済であり、実力以下の経済がいわゆるデフレ経済である。どちらも、誤った金融政策によって作りだされる。今私が言っているのは、日本経済はもともと相当な力があるので、普通の金融運営をやればそこに戻るという提案である。
 新規の国債発行で名目残高は増えるのだが、過去に発行した殆どの国債の元本負担はインフレ下でどんどん下がっていく(利払いは固定)ので、財政全体の実質負担はどんどんと軽くなる。インフレは通貨価値の下落となるため、為替は確実に円安に向かう。これは悪い事ではない。今の日本の為替水準はあり得ないほど高く、輸出企業が正当に国際競争ができないような水準なのである。130円ぐらいまで円安が進めば、輸出企業はどんどん儲かり、日本の経済のバイオリズムは劇的に改善する。工場は日本に戻り、失業率や正規雇用の問題も解決する。製造業が戻れば、サービス業にお金が流れる。経済が戻れば少子化も止まる。将来の借金をして家を買っても教育費を出しても、その負担はインフレ下ではどんどん軽くなっていく。円安になれば、海外からの観光客が多く訪れる。企業は儲かり、現役世代の所得と雇用が元気になれば、税収も大幅に増える。高齢者も支えてもらう現役世代が元気であってこそ元気になれる。副作用は、海外旅行に行けなくなるぐらいだろうか。ハイパーインフレとか極端な事を持ち出すのも完全に詭弁である。というか、一国の中央銀行が適切なインフレをコントロールできるような能力が無いなら、そういう人材が日本にいないなら、諦めるしかない。日本以外のOECD諸国は、インフレをコントロールしている。日本だけが異常にレベルが低いと言わざるを得ない。
 マネー経済を唯一コントロールできるのは日銀である。日銀が、物価の安定の建前で、0%物価水準(もしくはデフレ)を許容しているならば、日本経済の目詰まりは続く。3%や5%となれば、経済は完全に息を吹き返すだろう。一方で、韓国、台湾、中国といった日銀からの間接的な補助金で成長してきた国は、大きな打撃をうけるものと思う。
 まずは、デフレを治すことだが、それができるのは日銀しかいない。もっと適切に言えば、日銀の過度の独立性を認めている政府が、日銀法を改正し彼らにインフレターゲットを命じることだろう。中央銀行が、政府から政策決定と手段の両方を独立させている姿はあってはならない。実態経済とマネー経済の運営が連携していない、という世界でも稀に見る不可思議な国家運営が行われているのが日本の問題点なのである。