2011年5月9日月曜日

日本への処方箋


 今日は日本経済の処方箋について書きたい。これがソフトランディングをする唯一の道であると思う。これができなければ国家破綻、円暴落シナリオが現実味をおびてくる(ただし、今の状態がずっと続くよりは、国家破綻シナリオが早く起きた方が中長期的な日本にはよっぽど良い。これは次回に)。
 まず、現在の日本への世界からのコンセンサス。悪い部分を列挙してみる。日本経済全体は高齢期化が進み、社会保障負担は増し、財政は火の車、賃金の下方硬直性により未来を背負う若者は雇用を失い、生産年齢人口の低下で内需は落ち込み、日本企業もアジア企業のキャッチアップで競争優位を失っていく、というものだ。その原因は、日本人自体の元気の無さや、政治のリーダシップの無さとされている。首相が悪い、左寄りのポピュリズムだ、日本企業の経営方針が良くない、若者が草食系で元気がない、等である。さて、本当に問題はそこにあるのだろうか?首相を変えて、例えば米国型の経営を取り入れ、若者を訓練しなおせば、問題は解決するのだろうか?
 実はまったく違うところに問題が眠っている。それは、日本のマネー経済の運営に問題があることだ。本来は日本経済や日本人に100の力があるに、マネー経済の不適切な運用で、実際には50の力しか出せていないのである。そんな馬鹿な、と思われるかもしれないが、本当なのである。例えば、SONYTOYOTAは、今の倍の商品を国際市場で売ることができ、倍の日本人を雇用できるのだが、これは日銀の日本経済への敵対的とも言える政策によってそれが阻害されている。そう、すべては日銀の政策、運営の問題なのである。アジア諸国への間接的な補助金を出し続けているとも言える。高齢化、財政赤字、若者の雇用、日本企業の国際競争力、内需産業、全ての問題は、たった一点、日銀の金融政策ですべて解決する。日銀がその適切な方針を分かっていながら、1989年のバブルの舵取りへの非難が尾を引っ張って弱腰で変えることができない、不作為の罪、に全てが集約される。
 日本人やマスコミのおかしな経済感も、この問題の所在をあいまいにしている気がする。それは、マネー経済と実態経済は別物であり、実態経済が悪いのは実態経済に問題点があるという思想である。実際はまったく違う。貨幣経済や資本主義の仕組みである以上、マネーが実体経済に円滑に流れてこそ経済は正常に動くのは、教科書の一ページ目に書いてある。二つの経済は動学的に動いており、世界中の政府と中央銀行は、この動きに整合性があるように、高い経済成長を実現できるように必死に良い手を考えている。学問的に言えば、マネタリストや新古典派総合という1970年代以降の経済運営の枠組みが日本にまったくなく、1920年のケインズで経済政策の考え方が止まってしまっているのだ。(実際に日本の経済学の体系は、世界的に見て化石のような姿になってしまっている。世界が30年ぐらい前にやった議論にまだ決着をつけれていない。それどころかまだマルクス派が大学には沢山いるという始末である。)。
 日本の日銀職員は終身雇用であるため、ことなかれ主義で新しいことに舵を切れる人がいないのだろう。世界中の多くの中央銀行が進化をしているのに、日本は化石のような運営どころか、ただのサラリーマン化してしまっているのだろう。
 求められる日銀の政策とは、デフレの安定化政策から、インフレ政策への転換である。上限を決めて国債を日銀が直接引き受ければよい。法律改正で時間がかかるというなら、市場からどんどん買い上げればおい。大切なことはインフレ期待を作ること、その期待のコントロールが中央銀行の仕事という認識だ。そうすれば日本は全てよい方向に回転しはじめる。もう一度書くが、マネー経済をコントロールするだけで実態経済が良くなる訳がない、と直感的に思ってしまうのが、日本人のおかしな経済感である。金融政策により、実力以上にも実力以下にも経済は変わるのであるが、適切な金融運営とは実力通りの経済力を発揮させることである。実力以上の経済がいわゆるバブル経済であり、実力以下の経済がいわゆるデフレ経済である。どちらも、誤った金融政策によって作りだされる。今私が言っているのは、日本経済はもともと相当な力があるので、普通の金融運営をやればそこに戻るという提案である。
 新規の国債発行で名目残高は増えるのだが、過去に発行した殆どの国債の元本負担はインフレ下でどんどん下がっていく(利払いは固定)ので、財政全体の実質負担はどんどんと軽くなる。インフレは通貨価値の下落となるため、為替は確実に円安に向かう。これは悪い事ではない。今の日本の為替水準はあり得ないほど高く、輸出企業が正当に国際競争ができないような水準なのである。130円ぐらいまで円安が進めば、輸出企業はどんどん儲かり、日本の経済のバイオリズムは劇的に改善する。工場は日本に戻り、失業率や正規雇用の問題も解決する。製造業が戻れば、サービス業にお金が流れる。経済が戻れば少子化も止まる。将来の借金をして家を買っても教育費を出しても、その負担はインフレ下ではどんどん軽くなっていく。円安になれば、海外からの観光客が多く訪れる。企業は儲かり、現役世代の所得と雇用が元気になれば、税収も大幅に増える。高齢者も支えてもらう現役世代が元気であってこそ元気になれる。副作用は、海外旅行に行けなくなるぐらいだろうか。ハイパーインフレとか極端な事を持ち出すのも完全に詭弁である。というか、一国の中央銀行が適切なインフレをコントロールできるような能力が無いなら、そういう人材が日本にいないなら、諦めるしかない。日本以外のOECD諸国は、インフレをコントロールしている。日本だけが異常にレベルが低いと言わざるを得ない。
 マネー経済を唯一コントロールできるのは日銀である。日銀が、物価の安定の建前で、0%物価水準(もしくはデフレ)を許容しているならば、日本経済の目詰まりは続く。3%や5%となれば、経済は完全に息を吹き返すだろう。一方で、韓国、台湾、中国といった日銀からの間接的な補助金で成長してきた国は、大きな打撃をうけるものと思う。
 まずは、デフレを治すことだが、それができるのは日銀しかいない。もっと適切に言えば、日銀の過度の独立性を認めている政府が、日銀法を改正し彼らにインフレターゲットを命じることだろう。中央銀行が、政府から政策決定と手段の両方を独立させている姿はあってはならない。実態経済とマネー経済の運営が連携していない、という世界でも稀に見る不可思議な国家運営が行われているのが日本の問題点なのである。

5 件のコメント:

  1. こーすけさんリフレ派でしたか。Joseph E. Stiglitz氏の影響ですかね?勝間和代の影響じゃないですよね。

    最近、アルゴリズム取引というのを記事で読みました。今はまだ完全にはほど遠いものでしょうが、将来人間に取って代わることもありえるんですかね。チェスや将棋でもコンピューターが人間に勝てるようになったように。でも、そんなことになったら、ファンドマネージャーとか商売あがったりですね。

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  2. 過ぎたるは及ばざるがごとしで、日本の円高/デフレは行き過ぎ。ある程度若い世代の人から出ている発言は基本的に間違っていない。結局は逃げ切り世代か、将来世代か、ということで、自分の生活を中心に普通の発言をしているのだと思う。

    将来に対してインセンティブのある若い世代の人が全体の構造を考えて、前世代の人が行き過ぎた若物のチェック機能を果たす、というスタイルが成長のためには健全だと思うんだけど、日本はその逆だからね。北アジアを含めて、儒教の宗教改革(女性と若者の差別制度)がないとアジアは欧米を追い越せないだろうね。

    日本の経済学の体系はまだマルクスの追放から抜け出せてなくて、新古典派総合とケインズの議論と、融合まで来てない。日本の経済学の教え方の体系は本当に酷いと思う。世界の常識で物を言うときに、「これはマネタリスト的は発想ですが、、、」とかわざわざ前置きを入れる必要がある。

    これは日本の理系と文系の教育を比べると分かるけど、理系は仮説を立てて実験をやって自分で先人の知恵を確認して疑うプロセスを訓練されるし、新しいもの(エイズワクチンとか)を創造していくことに価値があると教育を受ける。一方の文系は、過去のものを覚えることが優先されて、そういう訓練を受けられないし、覚えたことそのものが不磨の大典になってしまう。憲法改正が出来ないのも同じ事だと思う。実学が大切ってことかな。

    アルゴリズム取引と人間FMは、産業革命で馬車や人力車が駆逐されたのと同じ、薬の開発でいえばハイスループットスクリーニングが出来たおかげで、研究者の付加価値があがることと同じかな。産業としては社会に貢献できることが増えると思う。ゲームの中で戦うならコンピューターが勝ってしかるべき(計算力と記憶力が違いすぎる)で、人間FMはゲームのルールを変えたり、ゲームの外で物を考えたりしないとね。クオンツやアルゴリズム取引のおかげで、新しいストラテジー(行動ファイナンスとかオルタナティブβとか)が出てきて成功する人が飛躍的に増えた気がします。資産運用は、まだまだ成長産業だよ。

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  3.  はは。でも、勝間さんに関わらず、将来にインセンティブのある若い評論家が言ってることは殆ど違和感ないかな。

     問題は、世界では経済運営の本流のマネタリストの発想が亜流と思われちゃう日本の評論家の人達かな。実は日本の教材やカリキュラムで経済を学ぶと、BIG4(スミス、マルクス、ケインズ、フリードマン)の最後の1人までいかないんだよね。歴史教育みたいに今を考えるのに一番大切な現代史をやらないのと同じかな。コロンビアの経済学の教え方は、逆に新しい理論から古い理論へ戻っていく。日本では有名なスティグリッツの基礎教科書すら「構成が古い」という理由でもう使ってないしね。いやはや、日本のボトルネックは明らかに文系(教育?)だと思うよ。。。

    アルゴリズム取引は、薬品開発のハイスループットスクリーニングと同じじゃないかな。新技術のおかげで、優秀な人はもっと大きな付加価値を得る作業へ移るんだと思います。まぁ、個人の人生軸としては生き残りもあるんだけどね。

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  4. 歴史は現在から過去に遡る方がいいですね。そのほうが常に現在との繋がりを意識しながら学ぶことができますよね。時間軸に沿って教えたほうが教える側はやりやすいのかもしれませんが。

    日本の団塊の世代は学生時代のマルクス主義のまま時間が止まってしまっている方々が大勢いるかもしれませんね。他の経済理論を知識としては持っているでしょうが、思い入れが違いますよね。

    ハイスループットスクリーニングによって取って代わられたのは人海戦術だったいわゆる”肉体労働”の部分ですね。これは工業界ではすでに起こったことです。アルゴリズム取引は今後頭脳労働の部分を侵食していく印象があったのですが、誤解ですかね。

    将来、人工知能がイノベーションを起こせるまでに発展したら人間は何をして飯を食っていけば良いんですかね。哲学かなぁ・・・

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  5. 経済学でも、数式で一般化する分野と、思想や哲学的な両者があると思います。後者のような答えがないものを、それぞれが考えることが大切なのだと思います。近年は、哲学、宗教、心理学、脳科学、物理、数学、が経済学や金融と融合することで、とても進歩していると思います。経済学は典型的に終わりのない勉強なので、先人達の知恵を学んで自分で考えてとライフワークなのでしょうね。

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